春日山原始林を未来へつなぐ会

様々な危機に瀕し、維持が難しくなってきた

春日山原始林は、1000年以上にわたり守られてきたことで、都市部近郊に位置しながら約300haの照葉樹林(※)が残されてきました。 しかし、いま、様々な要因からこの森を維持することが難くなってきていると言われています。

※照葉樹林とは、冬でも落葉しない広葉樹で、葉の表面のクチクラ層(角質の層)が発達した光沢の強い深緑色の葉を持つ樹木に覆われた森林のことです。
日本ではシイ・カシ類がこれにあたり、西南日本、台湾、ヒマラヤ、東南アジアの山地とアジア大陸東岸など、主に降雨量の多い亜熱帯から温帯に分布している常緑広葉樹林のことです。この林は、コナラ属アカガシ亜属、シイ属、マテバシイ属などのブナ科を優占種としながら、クスノキ科、ハイノキ属、ヤブコウジ属など多くの樹木が混成し、樹高は20~30mぐらいになります。
照葉樹林は、人間が利用のために伐採など人為的撹乱をすると、場合によって落葉広葉樹の混交林に遷移してしまいます。現在は利用・開発などにより、その大部分が失われまとまった面積の森林はほとんどありません。
(林野庁:九州森林管理局 綾の照葉樹林 より抜粋)

鶯の滝

次世代を担う若者がいない? 見通しの良い森

春日山原始林の大部分は、シイ・カシ類の常緑広葉樹で構成される照葉樹林です。原始林内を歩くと、これらの木々が歩道にほどよい木陰をつくってくれています。
しかし、地表部分には、これらの次世代を担う樹(後継樹)が少なくなっています。

春日山遊歩道を歩くと、森の斜面からかなり遠くまでを見通すことができます。初めて歩く人は「見通しが良くて清々しい」という感想も聞こえてくるほど。
しかし、よく見ると地表部分には、ほとんど植物が生えておらず、根が露出している様子を見ることができます。
30年ほど前の写真と現在を見比べてみると、地表から2m程度は薮に覆われ、森の奥を見通すことができないことが判ります。
本来は、このように下草(下層植生といいます)が、もっと繁茂している状況があるはずなのです。
下草が生えていないと土砂の流出にもつながり、土の中に埋まっていた種が流れたり、倒木が頻発するなどの危険も考えられます。

春日山原始林の今

いきものとの関係

後継樹不足や下層植生の衰退の要因の一つとして、動物による採食があります。
奈良公園では、現在1100頭以上ものシカが暮らしていると言われていますが、春日山原始林内にも約100頭が生息しているのではないかといわれています。

歴史上、春日山には狼や野犬が生息していたことから、シカは原始林ではなく、公園部分を中心に生息してきたようです。戦後、激減した後、手厚く保護されてきたことから、頭数を増やし、天敵となる狼や野犬がいなくなった春日山に生息するようになりました。
そこで、森を構成する木々の新芽や若木、下草などを食べることで、森が少しずつ変化してきたと言えます。
現在の春日山では、極端に言うとシカが食べない木々や植物が残されるという状況になっています。

原始林に生息するいきものとの関係

外来種ナンキンハゼの侵入、神木ナギの拡大

現在、春日山原始林内の低いところにある木々は、主にサカキ、イヌガシ、シキミ、ヒサカキ、アセビ、ナギ、ナンキンハゼなど。サカキやシキミ、ヒサカキなどは神事や仏事などに使われていた木々で、原始林の歴史となじみの深い樹ですが、この中で、ナンキンハゼとナギについては、本来の植生にはない木々といわれます。
これらの木はシカの食べない樹であることなどから、生育範囲が拡大傾向にあるため、森林生態系が変化してしまうことが危惧されています。

ナンキンハゼ(南京櫨)トウダイグサ科シラキ属 落葉広葉樹
秋になると赤~黄色に紅葉しとても美しい。中国から園芸種として入ってきたこと、その実からハゼノキのようにロウ質がとれることからこの名前がついているそうです。奈良公園では、昭和のはじめに街路樹として植えられましたが、その種を鳥が食べることで広範囲に繁殖し、若草山などでも繁茂している。光を好むため、原始林内の巨樹が倒れた後にできた箇所で確認されています。

ナギ(竹柏)マキ科 常緑針葉樹
日本では和歌山と山口、四国・九州以南に分布しています。奈良公園のナギは、平安時代に春日大社に献木されたと記録されており、春日大社では神木として扱われています。本来の自生地ではないのですが、シカが食べないことなどから、春日大社境内では純林(単一の種の木で構成される林)を形成しており、大正12年(1923年)に国の天然記念物に指定されています。
春日大社のご神体である御蓋山でも多く分布しており、隣接する春日山にも風などの影響で種が飛び拡大したと言われています。
成長のスピードの遅い木ですが、暗い場所でも成長することができることや、シカからの被害を受けにくいこと、また、周りに別の植物が育ちにくくする効果(アレロパシー)をもっているため、原始林内でも局地的に純林状態になるなど、拡大傾向にあるといえます。

ナンキンハゼ
ナギ

ナラ枯れ被害の拡大

ナラ枯れとは、カシノナガキクイムシという全長5mm程度の甲虫が要因となり、木が枯れてしまう病気です。
春日山原始林では、数年前より隣接する若草山で発生して以来、被害が拡大しています。

本来は、雑木林(コナラ・クヌギなどの落葉広葉樹)で被害が大きくなる病気で、虫が木に穴を空けて侵入した際に、ナラ菌という菌を媒介することによって、木が水を吸い上げることができなくなり、枯死してしまう病気です。

原始林では、照葉樹林のシイ・カシ類に被害が発生しています。特に、樹齢の高い大きな樹での被害が心配されており、遊歩道沿いでも無残に葉を枯らしている姿が見られます。
ナラ枯れ被害の拡大は、人々の生活環境の変化により、雑木林の利用がなくなったことや気候変動・地球温暖化など様々な要因が考えられています。

ナラ枯れによる倒木


ナラ枯れのメカニズムの図

春日山原始林の未来が危ない

このままの状況を放置すれば、春日山原始林は照葉樹林という貴重な森林生態系を維持することができなくなるだけでなく、倒木や土砂崩れなど訪れる人々にとっても危険な場所になる可能性があります。管理主体である奈良県では、2012年より『春日山原始林保全計画検討委員会』を立ち上げ、今後の春日山原始林の保全について検討し、以下の目標と保全方策を決定しています。

●春日山原始林の保全の目標
古都奈良の貴重な財産である春日山原始林の持続的な森林更新を促し、
人やシカとも共生できる森林を保全することを目標とする。

春日山原始林を未来へつなぐために ●春日山原始林の10の保全方策
  1. 照葉樹林を良好な状態で維持する保全方策を実施する
  2. 照葉樹林の多様性を維持する保全方策を実施する
  3. 後継樹を育成し文化財としての価値を修復する保全方策を実施する
  4. 外来種ナンキンハゼの侵入を抑制する保全方策を実施する
  5. 常緑針葉樹ナギの拡大を抑制する保全方策を実施する
  6. ナラ枯れの拡大を抑制する保全方策を実施する
  7. 花山・芳山地区人工林の保全・利活用を実施する
  8. 保全事業を円滑に実施し得る仕組みづくりを行う
  9. 多様な主体の参画を図る
  10. 春日山原始林に関する基礎情報のマネジメントを図る
春日山原始林保全計画検討委員会